桝田

建築が好きでこの世界に足を踏み入れた。本当のプロフェッショナルを目指し、これからも建築の奥深さを感じながら、新しいことにチャレンジしていきたい。

これまで

1968年

大阪に大工である父、桝田家の三男として生まれる。

幼少期

1975年

地元にある阿倍野小学校に入学。

小学校時代

1976年

リトルリーグに入り野球を始める。

1978年

野球で肩を壊し、医者から将来野球はできないと宣告をうける。

1980年

地元少年野球からスカウトされ、再び野球を始める。

1981年

阿倍野中学校に入学し、野球部に所属。大阪市の大会では2年連続優勝するが、優勝後個人競技にも興味がわく。

中学校時代

1984年

大阪府立阪南高等学校に入学。心機一転、柔道部に所属し1年生ながら異例のレギュラーに抜擢される。
身体を壊し4ヶ月の入院後もケガに苦しむが3年間柔道部に所属する。

阪南高等学校時代

高校時代

音楽に興味を持ちバンドを結成。

バンド

1988年

近畿大学理工学部建築学科に入学。大学入学後本格的に音楽活動を始め、ライブハウスにてライブを繰り返す。また車にも興味を持ちレースなどにも参戦。車とバンド活動の為大学時代は複数のアルバイトや夜間は建築現場で働き様々な経験をする。

バンド

1992年

大学卒業後地元のゼネコン高松建設に入社、数年現場監督としてマンションや商業ビルなどの現場管理を経験し、その後桝田工務店に入社し入社後は不動産会社の分譲住宅の下請けを行う。

現場監督

2000年

父である桝田定清(代表取締役)が急死し、急遽桝田佳正が代表取締役に就任。就任後は分譲住宅の下請けから脱却し、注文住宅専門工務店として新たなスタートを切る。しかし、今まで下請けしかしていなかった為、注文住宅を受注することができず、売り上げが1/5以下となり数年間経営不安をかかえながら過ごす。¥22000でチラシ6000枚を印刷し、自らポスティングを行い、当時まだ非常に少なかった現場見学会を開催。その時にいた社員1人と広告費等を掛けられない状況で現場見学会を開催し1棟づつ注文住宅を完成させ信用を築いていく。

2002年

更に設計提案力の高い家を造るためにグループ会社として株式会社コア建築デザイン事務所を設立

代表取締役に就任

2007年

防犯についてTVなどで活躍されていた日本防犯学校学長の梅本正行氏から数年防犯指導を受け、予知防犯を大阪に広めるため阿倍野防犯まもりあい隊を設立。代表として防犯活動を行う。

2009年

「なぜ世の中にはいい家と悪い家があるのか」を出版。東京渋谷の大盛堂書店にてトークショー&握手会を開催し、歴代2位の売上、アマゾンでは4部門で売上1位となる。その後テレビ、ラジオ、雑誌、新聞などで取り上げられると共に、経営方針の改革を行い、2011年からは売り上げを順調に伸ばし、数年で売り上げを5倍に。2014年にはグループ売上14億となる。同年注文住宅50棟宣言し、経営を安定させ、より品質の高い建物にこだわり注文住宅専門工務店として大阪でもトップクラスの施工棟数を誇り、地元では地域NO1の注文住宅実績を誇る。

なぜ世の中には、いい家と悪い家があるのか。

2015年

「大阪の狭小地や住宅密集で快適に暮らす家づくり」を出版

大阪の狭小地や住宅密集で快適に暮らす家づくり

2016年頃から

桝田工務店の現場管理や品質管理など含め、営業マン0で年間50棟をこなす工務店経営体制が注目を浴び一年間に50社を超える工務店が全国から桝田工務店を訪れている。

2017年

韓国TV番組で世界の狭小住宅について日本を代表して放送される。

2018年

全国の工務店支援や家づくりを考えている一般の人に後悔のない家づくりをして頂くために一般社団法人日本良質住宅促進協議会を設立。日本に良質な住宅を普及させるために日々努力している。

2020年

オリンピック年に新社屋完成を予定している。

これから

100%ではまだ足りない。200%の満足をいただきたい。